イングランド代表監督を辞任に追い込んだ”罠”とは

EURO2016終了後、ロイ ホジソンに代わりイングランド代表監督に就任した、ビッグ・サムことサム アラダイス。しかしFIFAが禁止する”選手の第三者保有”に抵触する行為があったとして、伝統あるスリー・ライオンズ監督を僅か2ヶ月で辞すことになった。

不正の発覚は、2015年にイングランドの高級紙テレグラフが「移籍の不正に関わっている監督や関係者がいる」という情報提供を受けたことから始まる。テレグラフは2015年12月から”アジア企業のビジネスマン”として覆面記者をアラダイスに接触させ、選手の第三者保有に関する口利きを打診してきた。そして2016年9月末の某日、マンチェスターでセッティングされた架空アジア企業の偽ディナーの席で、アラダイスは40万ポンド(約5,000万円)の取引に関して交渉、口利き役として香港とシンガポールへの”出張”に合意、またルールを”迂回”する手段について説明をしたという。テレグラフは会食の模様の動画を公開、これを受けてアラダイスはFAと会談し、イングランド代表監督を辞任した。

更に今回の調査にあたり、テレグラフはアラダイスの件に加えて以下の事実を明らかにした。

  • 某有名クラブのアシスタントマネージャーが5,000ポンドの口止め料を受け取った
  • 選手の代理人が、選手の移籍取りまとめとして賄賂を受け取った10名の監督を明らかにした
  • アラダイス以外の2名の超有名監督も、架空企業との口利き役の交渉に応じた
  • ある有名監督は、自クラブの選手が自クラブの試合を対象に賭けをしたが、見逃してやったことを認めた
  • あるプレミアリーグのクラブの重役が今回の覆面調査に協力した

またアラダイスは会食の席でイングランドのフットボールについて、以下の批判をしたという。

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  • 前任のロイ ホジソンについて「優柔不断で、人前でろくに話せないやつ」
  • コーチのガリー ネヴィルについて「悪影響、ベンチに座って黙ってろと言ってやるべきだった。」
  • 国際試合で低調なイングランド代表選手について「心理的な壁があるし、克服もできない」
  • 「所属クラブでプレイ出来てない選手は代表に呼ぶべきでない」
  • FAが決めたウェンブリーの再開発について「馬鹿な決定」
  • ハリー王子について「あいつは本物のバカ息子。下半身丸出しにしたこともある。」

調査開始当時はサンダーランド監督だったアラダイスだったが、7月にイングランド代表監督に就任したことで、更に大きなインパクトでイングランドフットボール界に広がる”汚職”の実態を浮き彫りにした。

と、ここまでは一般のニュースサイトでも得られる情報。”数は少なくとも、骨太な記事を掲載”することを標榜するPremier Tokyo Blogでは、更にこの問題を掘り下げる。

 

「選手の第三者保有」とは何なのか?

文字通り、選手を第三者が保有すること。具体的な例として、仮にクラブAが選手Pを保有しているとする。クラブBは選手Pを獲得したいが、選手Pの移籍金100万ポンドの50%,(50万ポンド)しか獲得予算がないため獲得出来ない。

クラブA[提示移籍金: 100万ポンド]

選手移籍: X不成立↓↑移籍金: X不足

クラブB[獲得予算: 50万ポンド]

しかしビジネス目的の第三者が残りの50%(50万ポンド)を出資する場合、状況は一変する。

クラブA[提示移籍金: 100万ポンド]

選手移籍: ○成立↓↑移籍金: ○支払可能

クラブB+第三者[獲得予算: 50万+50万=100万ポンド]

第三者が出資し不足を補うことで、選手Pの移籍が成立する。そしてクラブAに[100%]保有されていた選手Pは、この移籍によりクラブB[50%], 第三者[50%]の比率で保有されることになるのだ。

 

第三者が出資する理由

それでは、なぜ第三者が移籍に関与するのか? 大きく分けて、以下の2つの理由がある。

  1. 選手の商業利用による収益(写真掲載、CM出演、グッズの販売など)
  2. 移籍金による収益

この収益を保有比率に応じてクラブBと第三者が分配するため、第三者がビジネス目的でフットボール界に参入してくるのだ。またクラブBにとっても、本来なら手の届かない選手が手に入ることで、大幅な戦力アップや収益性の向上が可能になるので、第三者と手を組むメリットが有る。

第三者保有の問題点

では売り手よし、買い手よし、双方合意で成立するこの移籍の何が問題なのか? 世界のフットボール協会は以下3点を問題視している。

  1. 第三者は移籍金が高くなったところで選手を移籍させたい(チーム編成が崩壊しやすい)
  2.  ファイナンシャルフェアプレイが守られず、リーグがつまらなくなる
  3. 移籍金の過剰な高騰

イングランドフットボール協会、FAは2008/09シーズンから選手の第三者保有を禁止している。更にプレミアリーグは公式見解として”健全な競争を行う上で多くの問題を引き起こす。若手選手育成への影響やリーグの序列そのものの崩壊につながる”ことを表明している。2015年からはFIFAが全面的に禁止。またUEFA会長のプラティニは、ビジネス目的で選手が売り飛ばされる性質を持つ、人身売買同様の第三者保有を“奴隷制度の一種”と評している。

しかし実態として、アラダイスが明かしたような間接的なスキームの存在によって、未だ第三者保有は横行している。

  • 第三者がクラブAの株式を取得しクラブBが支払う移籍金を減額させる手法
  • ローン移籍を成立させ第三者が利子名目で収益を得る手法
  • 第三者が選手の代理人として交渉を行い移籍金の一部を得る手法

など、その手法は様々だ。

極端な例だが、仮にイングランド5部程度のセミプロクラブがこの制度を利用し、プレミアリーグに出場出来ない選手をかき集め、FAカップでチャンピオンシップやプレミアリーグのクラブに勝利したとしよう。そこにGIANT KILLINGの熱狂はあるのか? まったくない。それどころか本当のフットボールファンは完全にシラケてしまう。プレミアリーグの見解にあるように、クラブの身の丈に合わない選手獲得は、リーグ制度そのものを崩壊させるのだ。

welcomesam

今回はアラダイスのスピード辞任ということも相まって、”イングランドの汚点”として注目を集めたが、このような汚職はイングランドのフットボール界に限ったことではないだろう。一昔前では考えられなかったような移籍金の高騰がヨーロッパのマーケットで一般化する一方、選手が(見かけの)移籍金を上回るほどクラブ収益に貢献しているか考えると、疑問が残るケースが多いだろう。移籍市場の裏で、フットボールファンのピュアなハートとは対象的な、ドロドロとした思惑と金のやり取りが繰り広げられているであろうことを、高騰する移籍金、収益のアンバランス、そして今回のテレグラフの調査が示唆している。